道すがら

 今回のテーマは「一撃」です。
 殴り合いが好きなので毎回打撃戦になってしまうので、たまには一発で全部終わるというのもいいかなと思った結果こうなりました。


 学校の帰りが遅くなってしまった。
 電車は終電、最寄駅に着くと既に辺りは暗かった。駅の周りに多少存在する飲食店も既に営業を終了し光を落としている。残されているのはポツポツと点在する街灯くらいで、それらが頼りなく道を指し締めすように歩道を照らすだけだった。
 私はその街灯と手元のスマートフォンの光を頼りに家まで歩く。十数分程度の旅路とはいえ、寂しい旅路である。せめてもの賑やかさを求めて私はスマートフォンの呟きをチラと眺めていた。タイムラインでは、何やら行方不明の女性とやらが多発していることが話題に上がっていた。しかもそれが発生しているのは、田舎道で尚且つ深夜、女性が一人で歩いているところらしい。
「…見なきゃ良かった。」
 私は一人呟いて別のアプリを起動した。全て該当してるじゃないか。気分が沈んだ。とはいえ然程心配してはいなかった。自分はかなり鍛えている方だからだ。自慢ではないが、県の総合格闘技の大会で優勝する程度には腕が立つ。痴漢に襲われても返り討ちにしてやる自信はあったし、実際過去に返り討ちにしてやったこともあった。その時は腹に一撃食らったが、大した痛みもなく逆に一撃入れてのしてやった。今日ももしそんなことがあればそうしてやるつもりだった。

 やがてもう少しで家が見えるというところで、ふと気配を感じてスマートフォンから目を上げ前を見た。少し前をスーツ姿の女性が反対方向に歩いている。自分が言うのもなんだが、こんな深夜に女性が一人で歩くというのも珍しい。反対方向というのもよく分からない。私の家があるのは住宅街で、会社は殆ど無い。学校くらいだが、スーツ姿の先生というのもあまり記憶になかった。
「…。」
 私はもしかしてと思った。もしかしてこの人が誘拐犯なのではないかと。
 失礼な話だというのはわかっている。だがその考えを捨て切る事が出来なかった。私はとりあえず油断しないように気を張り詰めながら、相手が私から見て左を歩いていたので、すれ違う時に間が開くよう、少し車道側に寄って歩くことにした。
 そこからすれ違うまでの数十秒は、まるで数分のように感じる程に緊張した。もし本物だったらとドキドキした。
 そしてすれ違った瞬間、私はスマートフォンを見る振りをしながら相手をチラ見していた。
 だが何も起きなかった。足音は私の横を通り過ぎ、そのまま後方へ消えていった。
 考えすぎか。そう安心した瞬間、私は気づいた。通り過ぎ、私の視界から消えた瞬間、相手の足音が消えたことに。…何の気配もない。殺気も感じられないし、何なら人気すら感じられない。後ろには誰も居ないはずだ。だが誰も居ない事自体がおかしい。本来なら足音がそのまま相手が通り過ぎていくまで多少なりとも残っていないとおかしい。そうでなければ後ろに誰かの気配−−−通り過ぎたはずの相手の気配が無いといけない。
 振り返るべきか?私は足を止めて考えた。
 数秒に満たない思考の後、意を決して振り向いた。

 ズムゥッ!!

 轟音が暗路に響く。と同時に私の視界がブレる。そして腹から痛みが生じ、自分の腹に何かが打ち込まれた事をようやく理解した。眼前にはスーツ姿の女性があり、ニヤリと小さく笑みを浮かべていた。そしてそこから目線を落とすと、私の胸の谷間から、何かが生えているのが見えた。いや違う。相手の拳が私の腹筋を平然と叩き割り腹に打ち込まれているのだ。腹が凹んだだけではない。手首までごっそりめり込んでいる。あれだけ鍛えた腹筋が全く役に立っていない。そこに気づいた時、ようやく自分の口から涎と胃液がダラダラ垂れていることに気づいた。
「あ…え…?」
 自分の腹筋には自信があった。だが今受けた一撃の前には、そんなものただの紙か何かと同じだった。通用するしないとかそう言う問題ではない。この拳の前にはどんなに鍛えていても無駄だっただろう。例え男性でも筋肉で跳ね返せるような威力では無いように感じられた。それほどまでに私の中には無力感が漂っていた。私の目からは思わず涙が溢れていた。どんなに鍛えていても敵わない相手が居るということを強制的に理解させられてしまった事に対する落胆の涙であった。
「すみませんが眠ってて下さいね。」
 グリュゥッ。
 相手はそう言うと私に打ち込んだ拳を回転させ、更に奥へと押し込んだ。その痛みが脳に伝わり、思考する余裕を奪い、やがて痛みだけが脳を支配した。
「ゔっ…。」
 そこで私の意識は消えた。

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